マイナスイオンは、1999年ごろから2003年にかけて「健康によいもの」として日本ではやった流行語である。統一的な定義もなく、標榜されたさまざまな効果効能の中には科学的に研究されたものもあるが、未実証である。従い、このような現状でこれらの効果効能を謳う商品は薬事法や景品表示法に違反する。しかしマイナスイオンの効果効能を謳う業者や違法表示商品や健康本は未だに後を絶たない。これらの業者・商品・健康本は科学とは異なる価値や論理を持つ疑似科学の一分野である。
【様々な定義で用いられている現状】
マイナスイオンは自然科学の用語ではない。マイナスイオンの健康本[7]やマイナスイオン商品[8]などによって、イメージが形作られた造語である。
「マイナスイオン」は学術用語ではなく、科学的な標準定義も存在しない。「マイナスイオン」の用語は使用者により異なる意味で用いられているのが実態である。例えば、「マイナスイオンとは電子e-である」、「原子,分子に電子を付着させた状態がマイナスイオン」など様々な相互に矛盾する記述が散見される。なお科学分野の事典で唯一「マイナスイオン」の記述が掲載されている『科学大事典第2版』では印象記述にとどまり、マイナスイオンの科学的な標準定義の記述等はない。
国内の物理学分野では、陰イオンの意味で「マイナスイオン」が使われる例があり、例えば理化学研究所の分子動力学研究において「プラスイオン」、「マイナスイオン」という用語が用いられているほか、日本学術振興会総合研究連絡会議透明酸化物光・電子材料第166委員会でも結晶中のナノ構造に関連して「マイナスイオン」が用いられている。
また、製品表示の記述では、マイナスイオンに様々な意味・イメージが付与されているが、一例として2002年に掃除機にマイナスイオンブラシを取り付けた松下電器産業は摩擦帯電の意味で使用した。また、一部の洗剤など液体の表示にも「マイナスイオン」が記述されることがあった。この場合は液中の何らかの成分を指しているはずであり、大気イオン(後述)とは異なる。
【流行の実態と疑似科学商品批判】
「マイナスイオン」が商品で使われる文脈では、「マイナスイオンは常に好ましいもの」と位置付けられている。それに対して「プラスイオン」という反対概念を設定させ、こちらは「様々な害悪を発生させる根元」とされる。そして善悪二元論の論理でマイナスイオンを身の回りに満たす方法が提唱する、というのが「マイナスイオン専門家」のステレオタイプな説明であった。
マイナスイオン商品の解説や、健康本の著述の中には「マイナスイオンが疲労回復・精神安定を始めとする様々な健康増進効果をもたらす」と主張するものがあるが、これらの効果は客観的に証明されたものではない。また、本来のイオンとは関連性のない効果や現象を混合したものもマイナスイオン効果と呼称している場合もある。
雑誌・健康本の世界では、実証されていない様々な効果効能が標榜された。健康増進に寄与することが実証されていなくとも、商品販売とは関係がなければ、書物の記述は薬事法の規制対象外であるためである。これらの言説がマスコミ(特にテレビ)やインターネットで引用され、言説が拡大再生産された(参考:アカデミック・マーケティング)。
流行が過熱した2002年頃には、流行に便乗して、様々な「マイナスイオン商品」が発売された。エアコン・冷蔵庫といった大型で高価な家電製品、衣類・タオル・マスクなどの繊維製品、マッサージ器やドライヤーなどの健康機器・美容機器、芳香剤・消臭剤などの日用品、自動車用品、パソコン、パソコン関連製品など多岐にわたっている。また、マイナスイオンを発生させるという触れ込みの商品であっても、実際には単なる置物・装飾品・印刷物であるものも存在する。何かが発生しているように見せかけるため、音や光を出す商品や説明文書を添えた商品も存在する。 マイナスイオンの健康問題を扱う一般書籍やマイナスイオン商品の広告の中には、科学としてマイナスイオンによる効能を扱うものが見られる。マイナスイオンの疑似科学性を批判してきた菊池誠は、以上の特徴は「マイナスイオン」が典型的な疑似科学用語であることを示していると述べている。「マイナスイオン」という用語は、あたかも科学的に健康効果があるかのごとく消費者を欺き、商品の購買意欲を誘うものとして問題視されている。
マイナスイオン「健康論」の起源
換気論の分野で、19世紀末から20世紀初頭の欧米で一部の学者(1910〜1920年頃のSteffens、Dessaurなど)が負の空気イオン(negative ions、negative air ions)が健康に好影響を与えるとする仮説を主張していた。科学的根拠が弱く、臨床実証もされているとはいえないこの仮説は、西川義方らが医学書に記載したことから国内でも知られるようになった。次いで1940年前後には、北海道帝国大学医学部で空気イオンの医学的研究をしていた木村正一らが欧米の学者の説と自身の研究をまとめて出版した。
これらの仮説は単純な二元論である。すなわち、負イオンは健康に好影響を与え、正イオンは悪影響を与えるとする説である(南風が吹くと空気のプラスイオンが増えるため、人の精神に悪影響を与え犯罪発生率が上がるといった説が主張されていた)。空気イオン説が国内で言われるようになったのは、これらの医学書の記述が発端となっている。
日本以外の国では、 健康機器としてion generating device(イオン発生装置)が1950年代頃に一時的に流行したことがあった。しかし1960年代初頭には、イオン発生装置や副産物のオゾンに対して米国食品医薬品局(FDA)が警告を出したことにより、イオン発生装置は健康市場から制限を受けることになった[41]。結果として業者らは、空気清浄機として販売しなければならない状況になった[42]。
これらの空気イオン商品は数十年後の1990年代、「マイナスイオン商品」と名称を変えて日本に再登場した。【ウィキぺディアから参照しています】